あなたが自宅や賃貸物件、土地などを所有している場合、次のような悩みを抱えていないでしょうか。
- 「不動産を長男に相続させても、ほかの子が納得してくれるだろうか」
- 「平等にするため、子ども全員の共有名義にした方がよいのだろうか」
- 「不動産を売却して、代金を分ける内容の遺言書は作れるのだろうか」
- 「遺留分を請求されたら、不動産を売らなければならないのだろうか」
不動産は、預貯金のように金額だけで簡単に分けられる財産ではありません。
誰かが住んでいる自宅、修繕が必要な賃貸物件、地主との契約がある借地権、借地人との関係が続く底地などは、相続した後も管理や契約関係が続きます。
そのため、不動産を所有しているあなたが遺言書を作るときは、単に「誰に何を相続させるか」を決めるだけでは不十分です。
遺言書を書く前に、不動産を誰が所有し、誰が利用し、誰が管理するのかを設計することが重要です。
この記事では、不動産を所有するあなたが、家族間の共有や遺留分の問題をできるだけ避けながら、相続後も管理できる遺言書を作るための考え方を解説します。
結論|不動産の遺言書は「分け方を決めてから」作成する
不動産を所有しているあなたが遺言書を作る場合、最初に遺言書の書式を考える必要はありません。
次の順番で考えることです。
- 誰が不動産を所有するか分け方を設計する
- 遺留分と資金を確認する
- 誰がその不動産を利用・管理するのか
- 不動産を取得しない家族との公平をどう図るのか
- 遺言書の形式を選ぶ
この順番で整理した後、その内容を実現するために、自筆証書遺言または公正証書遺言を作成します。
不動産が複数ある場合や、子どもが複数いる場合、借地権・底地・賃貸物件が含まれる場合は、内容が複雑になりやすいため、一般的には公正証書遺言を選ぶ方が実現性を高めやすいでしょう。
ただし、公正証書遺言を作れば、すべての問題が解決するわけではありません。
遺言書を作成する前に、不動産の価値、収益、借入れ、修繕、管理負担、家族の希望まで確認することが必要です。
遺言書には3つの種類がある
一般的な遺言書には、次の3種類があります。
- 自筆証書遺言
- 公正証書遺言
- 秘密証書遺言
民法では、普通方式の遺言として、この3種類が定められています。
| 種類 | 作成方法 | 主なメリット | 主な注意点 |
| 自筆証書遺言 | 原則として本人が手書きする | 費用を抑えやすく、自分で作成できる | 形式不備、内容の曖昧さ、紛失のリスクがある |
| 公正証書遺言 | 公証人が作成し、証人2人が立ち会う | 内容や形式の安全性が高く、検認が不要 | 費用と準備が必要 |
| 秘密証書遺言 | 内容を秘密にして公証人と証人に存在を証明してもらう | 内容を公証人や証人に知られずに作成できる | 内容の確認を受けられず、自分で保管し、検認も必要 |
自筆証書遺言
自筆証書遺言では、遺言書の本文、作成日、氏名を本人が自書し、押印する必要があります。
財産目録については、パソコンで作成したものや登記事項証明書の写しなどを利用できます。ただし、自書していない財産目録のすべてのページに、本人の署名と押印が必要です。
自宅で保管していた自筆証書遺言は、原則として相続開始後に家庭裁判所の検認を受けなければなりません。
一方、法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用した場合は、家庭裁判所の検認が不要です。ただし、法務局は遺言内容の法的な妥当性までは審査せず、遺言の有効性を保証する制度でもありません。
公正証書遺言
公正証書遺言は、公証人が遺言者の意思を確認して作成する遺言です。
原則として証人2人の立会いが必要ですが、家庭裁判所の検認は不要です。遺言書の原本が公証人によって保管されるため、紛失、破棄、隠匿、改ざんのリスクも抑えられます。
不動産の種類が多い場合や、相続人ごとに異なる財産を渡す場合、遺留分への配慮が必要な場合には、公正証書遺言が有力な選択肢です。
ただし、公正証書遺言であっても、その前提となる不動産の分け方が適切でなければ、家族の不満や資金不足までは解消できません。
秘密証書遺言
秘密証書遺言では、遺言内容を記載した書面を封印し、公証人と証人2人に遺言書の存在を証明してもらいます。
内容を秘密にできますが、公証人は遺言内容を確認しません。そのため、法律上の不備や内容の曖昧さが残る可能性があります。
また、遺言書自体は公証役場に保管されず、自分で保管する必要があり、相続開始後には家庭裁判所の検認も必要です。
不動産の指定には、登記情報や権利関係を正確に記載する必要があります。そのため、不動産を所有する人が秘密証書遺言を選ぶメリットは、一般的には大きくありません。
遺言書で決められること・決められないこと
遺言書を作る前に、遺言書の役割と限界を理解しておきましょう。
【遺言書で決められる主なこと】
遺言書では、主に次の内容を定められます。
- どの財産を誰に相続させるか
- 法定相続人ではない人へ財産を遺贈するか
- 法定相続分とは異なる相続割合
- 遺言執行者を誰にするか
- 不動産を売却して代金を分配する方法
- 遺言書に個別記載していない残余財産の取得者
遺言書には、財産の分け方を決める内容とは別に、その分け方を選んだ理由や家族への想いを「付言事項」として記載できます。
付言事項には原則として法的効力はありませんが、遺言者自身の言葉で理由を伝えることで、相続人の理解や納得につながることがあります。
【遺言書だけでは決められないこと】
一方、遺言書だけでは、次の問題を完全には解決できません。
- 家族全員が遺言内容に納得するか
- 不動産を取得した人が管理を続けられるか
- 修繕費や固定資産税を支払えるか
- 遺留分を請求されたときの支払資金
- あなたが認知症になった後の財産管理
- 地主、借地人、入居者との契約関係
- 相続税や売却時の税金
- 相続後の家族間の連絡・意思決定方法
遺言書は、あなたが亡くなった後に効力を生じます。
したがって、認知症などによって生前に不動産を管理できなくなった場合への備えについては、遺言書とは別に、家族信託、任意後見、管理委任などを検討する必要があります。
不動産を誰に相続させるべきか
不動産を相続させる人は、単純に「長男だから」「同居しているから」という理由だけで決めるべきではありません。
次の5つの視点から判断してください。
- 実際に使用する人
自宅であれば、現在住んでいる人や、将来住み続けたい人を確認します。
同居している子どもに自宅を相続させても、その人が固定資産税や修繕費を負担できなければ、結局は売却が必要になることがあります。 - 管理できる人
賃貸物件や自社ビルは、所有するだけでなく管理が必要です。
家賃の回収、入居者への対応、修繕、契約更新、空室対策、税務処理などを誰が行うのか確認してください。 - 収益と負担の両方を引き受けられる人
賃貸物件を相続する人は、家賃収入だけを受け取るわけではありません。
大規模修繕費、固定資産税、借入金、空室、滞納、敷金の返還なども引き継ぎます。
不動産の価格だけではなく、将来発生する負担も含めて判断する必要があります。 - 不動産を相続しない人が納得できるか
一人に不動産を集中させる場合は、ほかの相続人に何を渡すか考えます。
預貯金、生命保険金、ほかの不動産、代償金などを組み合わせ、家族全体の納得感をつくることが重要です。 - 次の相続まで考えられているか
あなたの相続だけでなく、不動産を受け取った子どもが亡くなった後の相続も考えてください。
子どもに配偶者や複数の子がいる場合、次の相続で不動産が共有になったり、管理に関係する人が増えたりする可能性があります。
不動産を共有で相続させるリスク
「平等に分けるため、子ども全員の共有名義にする」という考え方は、一見すると公平に見えます。
しかし、不動産の共有は、相続後の問題を先送りするだけになることがあります。
- 共有不動産全体を売却するには全員の協力が必要になる
共有不動産全体を売却する場合、原則として共有者全員が売却に合意し、売主として契約や登記手続きに協力する必要があります。
また、共有物の管理に関する事項は持分価格の過半数で決めるのが原則ですが、形状や効用を著しく変更する行為には、原則としてほかの共有者の同意が必要です。
たとえば、共有者のうち一人が売却に反対した場合、不動産全体を売ることは難しくなります。 - 管理費や修繕費で意見が分かれる
賃貸物件を共有した場合、次のような問題が起こることがあります。
・大規模修繕を行うか
・空室をリフォームするか
・賃料を値上げするか
・管理会社を変更するか
・借入れをして建て替えるか
・売却するか保有を続けるか
一人は「今すぐ修繕したい」と考えていても、別の共有者は「お金を出したくない」と考えるかもしれません。
収益を受け取ることには賛成でも、管理や修繕の負担には協力しない共有者が出てくることもあります。 - 使用している人と使用していない人の不公平感が生まれる
一人だけが共有不動産に住んでいる場合、もう一人から見ると、自分の持分を無償で使用されているように感じることがあります。
賃貸物件でも、管理をしている人と、収益だけを受け取っている人との間で不満が生じることがあります。 - 次の相続で共有者が増える
あなたの子ども2人が不動産を共有し、その後、子どもの一人が亡くなれば、その共有持分が配偶者や子どもへ引き継がれる可能性があります。
共有不動産全体を売却したり、建て替えなどによって不動産の形状や効用を著しく変更したりする場合は、原則として共有者全員の同意が必要です。
一方、共有物の管理に関する事項は、原則として持分価格の過半数で決めます。また、建物の現状を維持するための保存行為は、各共有者が単独で行える場合があります。
修繕や賃貸借契約については、その内容や規模、契約期間によって必要な同意が異なります。
そのため、共有者の間で売却や管理の方針が一致しないと、不動産全体の売却や有効活用が難しくなる可能性があります。
共有者が亡くなり、次の世代へ持分が引き継がれると、共有者が増えて権利関係が複雑になり、売却や管理について合意することが難しくなる場合があります。
共有名義は「今すぐ分けられないから先送りする」手段としては機能しますが、恒久的な解決策としてはおすすめできません。
不動産を分ける5つの方法
不動産を子ども全員の共有にしなくても、家族間の公平を図る方法があります。
あなたの家族に合う方法を比較してください。
- 不動産を一人に相続させる
不動産を管理できる相続人一人に取得させる方法です。
たとえば、自宅に同居している長男へ自宅を相続させたり、賃貸経営を行ってきた子どもへ賃貸物件を相続させたりします。
不動産の所有者と管理者が一致するため、意思決定がしやすい点がメリットです。
ただし、不動産を取得しない相続人との公平をどのように図るかを考える必要があります。 - 不動産と預貯金を分けて相続させる
「不動産を長男に、現金をほかの子に渡す」という遺言内容にすることは可能です。
たとえば、次のように分けます。
・長男:自宅または賃貸物件
・次男:預貯金
・長女:有価証券や生命保険金
ただし、不動産の価格と預貯金の金額だけを単純に比較してはいけません。
不動産には、次の要素があります。
・借入金
・固定資産税
・将来の修繕費
・空室リスク
・管理の手間
・売却までにかかる時間
・建物の老朽化
・境界や権利関係の問題
収益がある不動産だからといって、必ずしも現金より有利とは限りません。
誰が何を取得するかを決めるときは、価格だけでなく、負担、手間、時間、収益性、将来リスクまで比較する必要があります。 - 不動産を取得する人が代償金を支払う
不動産を一人が相続し、その人がほかの相続人へ金銭を支払う方法を、一般に代償分割といいます。
*遺言書によって、不動産を取得する人にほかの相続人への金銭支払いを求める場合は、遺言条項の作り方や税務上の取扱いが異なることがあります。具体的な文案は、弁護士、司法書士、税理士、公証人などへ確認してください。
たとえば、子どもが2人いて、主な財産が6,000万円相当の自宅だけの場合、長男が自宅を取得し、次男へ一定の代償金を支払う方法が考えられます。
代償金を利用すれば、不動産を共有せずに公平を図れます。
ただし、不動産を取得する人に支払資金がなければ、代償金を支払えません。
そのため、遺言書を作る前に、次の点を確認してください。
・代償金をいくらにするか
・いつまでに支払うか
・不動産取得者に支払能力があるか
・分割払いにするか
・生命保険などで資金を準備できるか
・遺留分を支払える現金があるか日本公証人連合会も、家業や事業用資産を特定の人に承継させ、ほかの相続人とは代償金によって公平を図る方法を紹介しています。
- 生命保険を代償金の原資にする
不動産を取得する予定の子どもを生命保険金の受取人にして、その保険金を代償金や遺留分への対応資金として利用する方法があります。
たとえば、長男が賃貸物件を相続し、次男へ代償金を支払う設計にする場合、長男が受け取る生命保険金を支払原資として準備します。
ただし、保険金の受取人、保険料の負担者、契約者の関係によって税務上の取扱いが異なります。
生命保険を利用する場合は、遺言書だけでなく、生命保険契約の内容も合わせて確認してください。 - 不動産を売却して代金を分ける
相続開始後に不動産を売却し、費用を差し引いた残額を相続人へ分配する方法もあります。
この方法は、換価型や清算型の遺言と呼ばれることがあります。売却を実行する人、売却費用、税金、分配割合などを具体的に定める必要があるため、詳しくは後述します。
不動産を売却して代金を分ける遺言書は作れるのか
遺言書で、不動産を売却し、売却代金を相続人に分配する方針を定めることは可能です。
このような方法は、一般に換価型、清算型などと呼ばれます。
ただし、「不動産を売って子どもたちで分ける」とだけ書いても、実行段階で判断に迷う可能性があります。
少なくとも、次の事項を検討してください。
- 売却する不動産の特定
- 誰が売却を実行するのか
- 売却時期
- 売却価格の決め方
- 仲介手数料、測量費、解体費などの負担
- 譲渡所得税などの税金
- 売却代金の分配割合
- 売却までの管理費用
- 入居者や使用者がいる場合の対応
- 売却できない場合の予備的な方法
特に、次のような不動産は、簡単には売却できないことがあります。
- 共有不動産
- 借地権
- 底地
- 再建築できない土地
- 境界が確定していない土地
- 入居者がいる賃貸物件
- 親族が居住している自宅
- 建物に未登記部分がある不動産
売却を前提とする遺言書では、遺言執行者の指定と、不動産の現状調査が重要です。
借地権・底地・賃貸物件がある場合の注意点
不動産の種類によって、遺言書を作る前に確認する内容は異なります。
借地権がある場合
借地権とは、建物の所有を目的として設定された地上権または土地の賃借権です。
一般的には、地主から土地を借り、その土地の上に借地権者が建物を所有している権利関係を指します。
あなたが借地権を持っている場合は、少なくとも次の内容を確認してください。
- 土地賃貸借契約書
- 契約期間と更新時期
- 地代の金額
- 建物の名義
- 借地面積
- 増改築や建て替えの条件
- 地主との関係
- 将来の売却や建て替えの可能性
借地権を誰に相続させるかを決めても、地代の支払いや建物の維持管理、更新、建て替えなどの問題は残ります。
借地上の建物に住む人と、借地権を相続する人が異なると、さらに複雑になります。
誰が住み、誰が地代を支払い、誰が地主との窓口になるのかまで決めておく必要があります。
底地を所有している場合
底地とは、借地人に貸している土地の所有権です。
底地を複数の相続人で共有すると、次のような対応で意見が分かれる可能性があります。
- 地代の改定
- 更新料の取扱い
- 建て替え承諾
- 借地権の譲渡承諾
- 底地の売却
- 借地人との同時売却
- 借地権と底地の交換や整理
底地は、毎月地代が入るからといって、単純に収益不動産として分けられるものではありません。
借地人との契約関係や将来の権利調整を誰が担当するのかまで考えて、承継者を決める必要があります。
賃貸物件がある場合
賃貸物件については、家賃収入だけを見て相続先を決めないでください。
次の内容を確認します。
- 入居状況
- 家賃滞納
- 建物の築年数
- 修繕履歴
- 今後必要な大規模修繕
- 借入金の残高
- 管理会社との契約
- 賃貸借契約の内容
- 管理を引き継げる家族がいるか
- 売却した場合の価格
- 建て替えや解体の可能性
賃貸物件を相続する人には、収益だけでなく、管理責任や将来の支出も引き継がれます。
誰が管理するか決まっていない状態で、家賃収入だけを子ども全員で分けようとすると、管理する人と収益を受け取る人との間で不満が生じることがあります。
遺言書だけでは解決できない5つの問題
遺言書は重要な相続対策ですが、遺言書だけですべての問題を解決できるわけではありません。
- 認知症など、死亡前の財産管理
遺言書は、原則として遺言者が亡くなった時から効力を生じます。
そのため、認知症などによって判断能力が低下した後の不動産管理や売却には、遺言書を利用できません。
必要に応じて、家族信託、任意後見、財産管理委任などを別に検討する必要があります。
- 相続税や納税資金
遺言書に「長男へ不動産を相続させる」と書いても、長男が相続税を支払えるとは限りません。
不動産が多く現金が少ない場合は、相続税を期限内に納付できない可能性があります。
相続税の申告・納付が必要な場合は、原則として、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に手続きを完了しなければなりません。
そのため、不動産を所有しているあなたは、相続が発生してから資金を確認するのではなく、生前から納税資金を準備できるか確認しておくことが重要です。 - 遺留分を支払う現金
遺留分侵害額を請求された場合、原則として金銭で対応します。
支払資金がなければ、不動産を急いで売却することになるかもしれません。
- 不動産の権利上の問題
遺言書を作成しても、次の問題が自動的に解消されるわけではありません。
・境界が不明
・未登記建物がある
・共有持分になっている
・借地契約書がない
・土地と建物の名義が異なる
・接道条件に問題がある
・長期間、相続登記をしていない
・第三者の権利が設定されている遺言書を作る前に、不動産の権利関係を調べ、相続後に実行できる内容になっているか確認する必要があります。
- 家族の感情や納得
法的に有効な遺言書であっても、家族が理由を理解できなければ、感情的な対立が生じる可能性があります。
・「長男だけが優遇された」
・「自分には何の説明もなかった」
・「親の本当の意思なのか分からない」このような不満を減らすには、遺言書を作ることだけでなく、なぜその分け方にしたのかを伝えることが大切です。
遺留分にどう配慮すればよいのか
遺留分とは、一定の法定相続人に保障されている最低限の取り分です。
遺留分が認められるのは、原則として次の相続人です。
- 配偶者
- 子どもや代襲相続人
- 父母などの直系尊属
遺留分が認められるのは、相続人が直系尊属だけの場合は遺留分算定の基礎となる財産の3分の1、それ以外の場合は2分の1が遺留分全体の割合となります。
兄弟姉妹や、その代襲相続人である甥・姪には遺留分がありません。
【遺留分の簡単な例】
相続人が長男と次男の2人で、財産が次のとおりだったとします。
・不動産:8,000万円
・預貯金:2,000万円
・財産合計:1億円
「不動産は長男、預貯金は次男」とする遺言書を作成した場合、次男が受け取る財産は2,000万円です。
子ども2人だけが相続人である場合、それぞれの遺留分は、単純化すると財産全体の4分の1となります。
次男の遺留分は2,500万円となるため、ほかに考慮すべき贈与や債務などがなければ、500万円不足する可能性があります。
その場合、長男が500万円を支払えなければ、不動産を売却したり、借入れをしたりする必要が生じます。
遺留分を侵害する遺言書も直ちに無効になるわけではない
遺留分を侵害する内容の遺言書を作成したからといって、遺言書全体が直ちに無効になるわけではありません。
遺留分を侵害された相続人は、多く財産を取得した人などに対して、侵害額に相当する金銭を請求できます。
現在の遺留分侵害額請求は、原則として金銭の請求です。
そのため、長男へ自宅を相続させた場合、ほかの相続人から遺留分を請求されても、そのことだけで当然に自宅が共有になるわけではありません。
しかし、長男に支払う現金がなければ、自宅やほかの不動産を売却せざるを得なくなる可能性があります。
遺留分への具体的な対策
遺留分に配慮するためには、遺言書を作る前に次の対策を検討してください。
- 不動産以外の預貯金をほかの相続人へ渡す
- 生命保険で支払資金を準備する
- 不動産を取得する人の自己資金を確認する
- 代償金を支払う方法を設計する
- 不動産の評価額を複数の視点から確認する
- 生前贈与がある場合は全体を整理する
- なぜその分け方にしたのかを家族へ説明する
- 遺言書の付言部分で理由や想いを伝える
遺留分を計算するだけではなく、実際に請求されたときに支払えるかまで確認することが重要です。
不動産は、相続税評価額と実際の市場価格が異なることがあります。
遺留分や家族間の公平を検討するときは、相続税評価額だけでなく、実際に売却できると考えられる市場価格も確認することが重要です。
遺言書を作る前に家族と話し合うべき?
家族全員から同意を得なければ遺言書を作れないわけではありません。
遺言はあなた自身の意思によって作成するものです。
しかし、不動産については、相続予定の家族が住む、管理する、費用を負担するといった問題があるため、一定の意向確認をしておくことをおすすめします。
最初から「誰にいくら渡すか」を話す必要はありません。
まずは、次の内容を確認してください。
- この家に住み続けたい人はいるか
- 賃貸物件を管理したい人はいるか
- 売却したい人、保有したい人は誰か
- 借入れや修繕を引き受けられるか
- 地主や借地人との交渉を担当できるか
- 現金と不動産のどちらを希望するか
- 兄弟姉妹の共有を望んでいるか
家族との話し合いは、遺言内容を多数決で決めるためではありません。
あなたが判断するための情報を集め、相続後に「聞いていなかった」という対立を減らすために行います。
家族だけで話すと感情的になる場合は、中立的な第三者を交えて、事実と選択肢を整理する方法があります。
この記事を読んで「自分の場合は?」と思った方へ
相続・借地・共有・空き家・不動産活用など、
今のお悩みに近いコースを選び、13の質問に答えると、
次に確認したいことを整理できます。
※売却や契約をおすすめする診断ではありません。
不動産の遺言書を作成する8つのステップ
- ステップ1:所有している財産を一覧にする
不動産、預貯金、有価証券、生命保険、借入金などを一覧にします。
不動産については、固定資産税の納税通知書だけでなく、登記事項証明書や契約書も確認してください。
- ステップ2:相続人を確認する
戸籍を確認し、法定相続人になる人を整理します。
代襲相続、前婚の子、養子、認知した子などがいる場合は、家族が認識している相続人と法律上の相続人が異なることがあります。
- ステップ3:分割・納税・節税の3つの視点から相続対策を考える
相続対策とは、単に「誰に何を遺すか」を決めることではありません。相続した後も家族が安心して暮らせるように、財産の分け方、相続税の支払い、不動産の維持管理まで含めて設計することが大切です。
たとえ遺言書どおりに財産を分けられたとしても、相続税を支払う現金が不足していたり、相続した不動産の管理負担が大きすぎたりすれば、遺された家族が希望どおりに財産を引き継げないことがあります。そのため、相続対策は、主に次の3つの視点から考えます。
- 分割対策
誰がどの財産を引き継ぐのかを整理し、相続人同士の争いや不動産の安易な共有を防ぐための対策です。 - 納税対策
相続税が発生した場合に、期限内に納められるよう、預貯金や生命保険、不動産の売却などによって納税資金を準備する対策です。相続税の申告と納付は、原則として相続の開始を知った日の翌日から10カ月以内に行う必要があります。 - 節税対策
財産の内容や家族の状況に応じて、利用できる制度を確認し、法令の範囲内で相続税の負担を抑えるための対策です。
不動産を持つあなたは、節税だけを優先するのではなく、家族が無理なく引き継げる分け方と、相続後に必要となる資金や管理負担を先に確認してください。
遺言書は、この3つの対策を整理したうえで、あなたが決めた財産の分け方を実現するために作成します。
- 分割対策
- ステップ4:不動産の価格・収益・負担を確認する
相続税評価額だけでなく、実際の売却可能価格や収益性も確認します。
あわせて、固定資産税、修繕費、借入金、管理費などの負担を確認し、相続後も保有する物件と、生前または相続後に売却する物件を整理します。
- ステップ5:不動産と権利関係を調査する
次の内容を確認します。
- 所有者
- 共有持ち分
- 底地、借地権者の有無
- 地主・借地人などの契約当事者
- 賃貸借契約書
- 隣地境界の確認
- 測量図
- 管理会社との契約内容等
- 未登記建物の有無
- 修繕履歴
- 住宅ローンや借入金等の資料
- 道路や私道の権利関係
登記名義、面積、持分、担保、借地権などを確認していきます。物件自体の潜在的な問題等がある場合には、売却や買い替え等を検討します。
家賃収入だけでなく、管理費、修繕費、税金、借入金、空室リスクを確認します。 - ステップ6:家族の希望を確認し複数の分け方を比較する
誰が住むのか、誰が管理するのか、誰が売却を希望するのかを確認します。
財産を遺す側の希望だけでなく、遺される側が引き継げるかどうかを確認し複数の分け方を比較することが重要です。
次のような案を比較します。
・長男が自宅を相続し、次男が現金を相続する
・一人が不動産を取得し、代償金を支払う
・生命保険金を財産差の調整に使う
・土地を分筆して分ける
・不動産を売却して代金を分ける
・不動産を生前に整理する
金額だけでなく、時間、手間、税金、管理負担、家族関係、将来のリスクを比較してください。 - ステップ7:遺留分と納税資金を確認する
遺留分を侵害していないか、相続税や代償金を支払えるか確認します。
現金が不足する場合は、生命保険、不動産の一部売却、借入れ、生前の資産組替えなどを検討します。
- ステップ8:専門家と遺言書を作成する
不動産の分け方が決まった後に、弁護士、司法書士、税理士、公証人などと連携し、法的に実行できる遺言書へ落とし込みます。
不動産の表示や権利関係については、不動産実務の視点から実行可能性を確認することも重要です。状況が変わったら遺言書は見直す遺言書は、一度作成して終わりではありません。
次のような変化があった場合は、内容を見直してください。
・不動産を売却・購入した
・建物を建替えた
・相続人が亡くなった
・家族関係が変わった
・認知症や介護の不安が生じた
・賃貸経営をやめた
・借地契約を更新した
・不動産価格や借入金が大きく変わった
よくある質問
- Q遺言書があれば、相続人同士の話し合いは不要ですか
- A
遺言書で財産の承継先が明確になっていれば、遺産分割協議を行わずに手続きを進められる場合があります。
ただし、不動産の管理、遺留分、家財の処分、葬儀費用など、遺言書に書かれていない問題については話し合いが必要です。
- Q遺言書で不動産を売却させることはできますか
- A
売却して代金を分配する方針を遺言書に定めることは可能です。
ただし、売却を担当する遺言執行者、費用、税金、分配割合、売却できない場合の対応まで明確にする必要があります。
換価遺言には登記・税務上の論点があるため、専門家と連携して作成してください。
*参照:国税庁「換価遺言が行われた場合の課税関係について」
- Q不動産を子ども全員の共有名義にしてもよいですか
- A
法律上は可能です。
ただし、不動産全体の売却、建て替え、大規模な変更などについて、共有者間の調整が必要になります。
次の相続で共有者が増える可能性もあるため、明確な目的がない限り、安易な共有は避けた方がよいでしょう。
- Q遺言書があれば遺留分を請求されませんか
- A
遺言書があっても、遺留分を侵害していれば、対象となる相続人から金銭を請求される可能性があります。
不動産を一人に集中させる場合は、請求されたときの現金を準備してください。
- Q遺言書だけで相続対策は十分ですか
- A
不動産を所有している場合、遺言書だけでは十分とは限りません。
遺言書に加えて、次の準備が必要です。
- 不動産の権利関係の整理
- 家族の希望確認
- 遺留分への対応
- 納税資金の準備
- 代償金の準備
- 相続後の管理体制
- 認知症になった場合への備え
- 定期的な遺言書の見直し
遺言書は、相続設計の最後に作る書類と考えると分かりやすいでしょう。
まとめ|遺言書を作る前に、不動産の分け方を設計する
遺言書は「誰に何を渡すか」を記すものです。
しかし、不動産の場合は、引き継いだ後に住み続けられるか、管理できるか、収益を公平に分けられるかまで考える必要があります。
不動産を所有しているあなたが確認すべきことは、次のとおりです。
- 不動産を誰に相続させるか
- 共有を避けられないか
- 不動産を取得しない家族との公平をどう図るか
- 代償金や生命保険を利用できないか
- 遺留分を請求された場合に支払えるか
- 相続後に誰が管理するか
- 将来売却する場合に誰が判断するか
- 借地権、底地、賃貸物件の契約関係を整理できているか
遺言書だけを先に作ってしまうと、法的には財産を渡せても、相続後に管理できない、不動産を売却できない、遺留分を支払えないという問題が残ることがあります。
大切なのは、遺言書の文章を作ることではなく、家族が引き継げる不動産の形を先に設計することです。
不動産の分け方を決めてから、遺言書へつなげます
株式会社ユー不動産コンサルタントでは、遺言書の法的な文案を作成する前の段階で、次の内容を整理します。
- 不動産の権利関係
- 現在の利用状況
- 賃料や収益性
- 借入金や修繕負担
- 売却・保有・分割の選択肢
- 家族それぞれの希望
- 共有になった場合の将来リスク
- 代償金や生命保険を利用する方法
- 相続後の管理方法
価格だけでなく、費用、時間、手間、管理負担、家族関係、将来リスクを比較し、どのように分ければ家族が納得しやすいかを設計します。
そのうえで、必要に応じて弁護士、司法書士、税理士などと連携し、遺言書や登記、税務の手続きにつなげます。
「遺言書を作りたいが、不動産を誰に渡せばよいか決められない」
「共有を避けたいが、ほかの子どもとの公平も考えたい」
「借地権や賃貸物件があり、誰が管理できるか分からない」
このような場合は、遺言書を作る前に、不動産と家族の状況を一度整理してください。
遺言書作成の前に、不動産の分け方を設計することが、家族が納得して相続を迎えるための第一歩です。
